vol.77 図録というもの
主任専門学芸員 加藤俊明
2017.2
美術館を訪れる時の楽しみの一つは、展覧会図録を探すことだ。
展示室で目にしたお気に入りの作品を、詳細な解説文を読みながら図録でゆっくりと見返すと、実物を鑑賞していた時には気づかなかったことが見えてくる。アプリーレの最新号でも、展覧会図録ができるまでの過程が紹介されているが、図録は、美術館の外にいる時でも画家の世界に触れることができる便利な手立てだ。学芸員にとっても、展覧会の中身を凝縮させた汗の結晶といえる。
ところでこの展覧会図録というもの、中を開いてみると前半と後半では大きく体裁が異なっている。展示作品のカラー写真が並ぶ前半のカタログ部分は華やかだが、巻末にまとめられている資料部分は細かい文字がびっしり並ぶばかりで、地味に映る。買っておきながら、この資料部分には目を通したこともない人が大半だろう。しかしこの部分は画家についての貴重な情報が満載の、宝の山なのだ。ここにはどのような情報が載っているのだろうか。
まずは画家の年譜。画家の生年・没年から修業時代、展覧会歴、旅行歴、交友歴などが年代順に記載してあり、画家の生涯において、いつ、どんな出来事があったかを一目で知ることができる。
次に関連文献。画家自身が書いた文章や、作品についての批評、過去の展覧会図録や画集など、画家に関連した文献がまとめられている。このほか、画家の書いた文章の抜き書きや、当時の写真などが掲載されることもある。これらの情報は、学芸員が画集や図録のほかに、美術雑誌や展覧会目録、研究書や当時の新聞記事まで丹念に調べながら、一つ一つ集めていくのだ。
そして最後に、学芸員の書いた論文。年譜や参考文献に載っている基礎的な情報を参考にしながら、画家の仕事について考察したものだ。テーマは、画家の生涯のまとめにとどまらない。画家がどのような修行を積んだか、作品の背景にある作者のメッセージは何か、画家に影響を与えた人物や書物の調査、美術史上において画家が果たした役割など、考えることは数多い。
展覧会が企画されると、過去の展覧会図録に掲載されているデータが再び検証される。誤った箇所は修正され、新しいデータも追加されて、最新のデータが新たな図録に掲載されていく。
華やかなカタログ部分に比べると、文字ばかりの資料部分は味気なく思えるかもしれない。しかし読者が画家のことをもっと詳しく知りたいと思ったときには、強力な助っ人となってくれる。ここは画家についての情報が網羅されている、図録にとって不可欠の存在なのだ。
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図録の作成は、資料の山との戦いだ