岩手県立美術館

vol.69 盛岡3月

館長 原田 光
2016.3 

 日記から引きだしたみたいなことを書く。3月18日の午後、美術館の学芸員の数人と連れだって中央公民館に行き、児玉晃展を見た。北上の出の児玉さんが描いた自画像ばかり50数点に、母の像が並んでいた。すごい。晩年の10年間、難病を病んで、変形衰弱してゆく自分の姿を、なんだかそれを演じている人の姿のようにして、暴露的にあらわしていた。悲劇のはずが喜劇的だ。自分に少しの同情もない。人の心の奥底をのぞかせていると思った。
 児玉さんの絵をぜひとも見ろといってきたのは、新潟の大倉宏さんである。その日、彼も新潟からやってきた。その大倉さんと、公民館の館員さん、また、僕も含まっての美術館の数人と、そうして、たまたま美術館を訪れてくださっていた松田松雄の奥さんと娘さんと、夜にまた、居酒屋へ集まった。魚がうまい。何でもが盛りだくさんだ。酒もよく効く。松田松雄さんの絵のことを、今度は、僕が大倉さんにぜひとも見ろという番だった。黒い群集の人影が地にうずくまって固化したような絵のことは、津波の悲劇と重なってきて、昨年の個展のとき、絵の前で僕は立ち往生したのだったが、そのことはいわず、ただ見てくれとつぶやきかけた。すごい絵だよ。
 この居酒屋には何度と知れずお世話になった。で、帰りぎわ、主人に挨拶をした。3月末で僕は美術館をやめるよ。そうか、といって、主人が返してきた。それなら、あそこの被災地の公民館に勤めないか。泣けた。沿岸のことを忘れるなといわれた気がした。
 みんなと別れて、ホテルに入ったが、寝ようとして寝られなくなった。変に興奮し、感傷がましく、頭が熱い。ままよ、徹夜して、19日におこなう館長講座の準備をしよう。イタリアの画家のモランディのことをしゃべる。だけど、ホテルへは画集も資料ももってこなかった。なくたってかまわん。ボローニャという町に生まれ、そこから離れず、古びたアトリエにこもり、一隅の小さいテーブルの上に壷やら瓶やらをおいて、戦中戦後の数十年、ほとんどそれだけを描いた人。その小さいテーブルの上だけを生きたともいえるのだ。生活感なく、時代意識なし。そんなようなモランディが描いた静かな小画面の静物画をじっとのぞいていると、絵の奥から、しかし、過酷な時代を生きた鬱勃たる彼の人生が見えてくると思える。絵とは不思議なものよ。おそろしいものよ。
 僕が美術館で講演会をおこなっていたと同じ時間に、大倉さんも公民館で講演会をやっていた。聞きたかったけど、聞けなかった。

*原田光氏には2016年3月まで館長として在任いただきました。
 

児玉晃 「黒の自画像」 2005年(岩手県立美術館寄託)

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)