Vol.102 照明を当てる
学芸普及課 上席専門学芸員 加藤俊明
2021.12
当館コレクションの中でも人気が高い、舟越保武作品。岩手県立美術館には、50点以上の舟越保武彫刻作品が所蔵されています。定期的に作品を入れ替えているので、会期ごとにさまざまな作品をお楽しみいただけます。
以前にも書いたことがあるのですが、最近舟越作品の入れ替え作業に関わったので、再び彫刻と照明について語ってみたいと思います。
舟越作品に限った話ではありませんが、彫刻を展示する際は、展示室内の作品配置だけでなく、照明にも気を配ります。図録などの印刷物で見る写真は、プロのカメラマンがさまざまな角度からライトを当てて理想的な環境を作り出してから撮影するので、作品の美しさが際立ちます。しかし展示室での照明は上からの方向に限られるので、見え方が大きく変わってきます。
私は彫刻作品に照明を当てる時、作品の顔の表情が分るように心がけています。それによって作品の内面性が鑑賞者の方に伝わると考えているためです。
絵画と違い、彫刻作品はただ光を当てただけではその魅力が引き出せません。真上から光を当てただけでは顎や鼻の影が下に伸びて見苦しくなるし、頬がこけたようになってしまうのです。そこでよく用いられるのは、正面ではなく脇から光を当てる方法です。これなら、側面も照らされるし作品に動きも出てきます。一灯だけではなく、左右から光を当てることで、影も柔らかくなります。
清楚な雰囲気に人気のある舟越の女性像には、瞳のあるものとないものがあります。
瞳のない彫刻は、古代ギリシャ彫刻のような神性を帯びている一方で、瞳がある彫刻は生気にあふれています。瞳があることに気づくと、その眼差しに生命感を感じてハッとする時があります。
作品に生命力を与えるべく、瞳にも光が当たるようにライトの位置に気を配ります。とはいえ、これが意外に難しい。上からライトを当てると、上まぶたが庇のようになって瞳が影に隠れてしまうのです。ライトを作品から離して当てれば瞳を照らすことはできますが、遠すぎると今度は鑑賞者の影が作品にかぶさってしまう。しかも影が無くなるので、作品の立体感も乏しくなってしまいます。試行錯誤しながら、最適な照明の位置を探っていきます。
彫刻に代表される立体作品は、光の当たり具合によって大きく印象が変わります。しかしその変化の過程を楽しむのは、照明の位置が固定されている展示室の中では難しいでしょう。もしかしたら、未来の美術館では照明の強さや角度が刻々と変化する中で作品を鑑賞できるようになっているかもしれませんね。