岩手県立美術館

vol.73 記憶に残る展示

主任専門学芸員 吉田尊子
2016.7 

 自分は昔から仏像や仏教美術が好きなのですが、最近はさっぱりご無沙汰しており、お寺に行くよりも、美術館や博物館で仏像を拝見する機会が多くなりました。
 近年、東京を中心に行われた仏教美術の大規模な展覧会では、仏像のディスプレイの仕方がとても洗練されていて印象的でした。
 かつて東京国立博物館の展覧会で、奈良・興福寺の「阿修羅像(国宝)」の展示が話題になったことがあります。三面六臂の阿修羅像が大きな展示室の空間の中心に位置する高い台座の上に展示され、薄暗い会場のなか、阿修羅像が浮かび上がるようにスポットライトが当たっています。来場者の目が阿修羅像に自然と惹きつけられるような演出です。そして来場者は像を仰ぎ見ながら、そのまわりをぐるりと回って通り抜けてゆく誘導路が作られていました。
 昔ながらの仏像愛好者にとっては、こんなオープンな展示は初めてで驚きました!自分は「アシュラー」と呼ばれる阿修羅像のコアなファンではありませんが、その展示には大変感激したものです。なぜなら、普段は、仏像はお寺では暗い堂内に安置されているので、そもそもディティールはよく見えませんし、その背面までは見られないのが普通です。
 ところが、博物館においては、国宝だからといって、ガラスケースに入っているのでなければ、正面からしか拝めないのでもありません。360度どの方向からでも遠慮なく鑑賞することができます。これぞ博物館の展示の醍醐味!何しろ、お寺を訪ねる時とは全く異なる大胆な演出にワクワクしますし、適正な照明の下、すみずみまで鑑賞することができて、新たな発見もあります。
 もちろんこうした演出の一方で、展示にあたって開催側はさまざまな面に気を配っています。例えば、国指定の文化財を展示するには、温度や湿度、照度などの展示環境について厳しい条件をクリアしなければなりません。最近では地震対策も必須で、立体の作品は免震台に乗せたり、転倒防止のための措置を講じたりします。
 その上で、展示物がよく見える(しっかり見える、魅力的に見える)ように展示の空間を作り込んでいきます。展示の意図を伝えられるような構成と配置を検討し、そして像を展示するのにふさわしいしつらえがデザインされます。なおかつ多数の来場者が見込まれる展覧会では、作品保全の観点から、観覧者と像との間に一定の距離が保てるようなデザインが考えられています。来場者を円滑に誘導する動線の検討も欠かせません。
 こうした配慮に基づいた効果的な展示空間の演出によって、来場者には「阿修羅像を堪能した!」という鮮やかな記憶が残ります。「見せる」ための演出や工夫が強く求められる時代なのだなとつくづく実感します。
 一方、最近では来場者がアクションすることで展示を楽しむ仕掛け作りが見られます。展示室の中に写真撮影可能な場所が設定してあったり(SNSでの拡散を期待する試み)、またスマホを用いて展示の解説が見聞きできるようなシステムも登場したりしています。このように、ミュージアムから観覧者に対して、これまでの常識や枠組みにとらわれない、多様なアプローチが今後も増えることでしょう。そうした仕掛けを通じて、美術館も博物館も、もっと楽しく身近な存在になればいいなと思います。もちろん、鑑賞の際の基本的なマナーもお忘れなく!

H25「若冲が来てくれました」展でグランド・ギャラリーに設置した案内看板。 この若冲のトラの前で多くのお客様が写真を撮り、SNSに挙げて下さいました。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)