岩手県立美術館

vol.3 梅雨の晴れ間に

 主任専門学芸員 吉田尊子
2010.7

設置作業中の《道東の四季-春-》 2001年6月8日

 美術館2階のライブラリー脇の細長い窓からは岩手山がよく見える設計になっている。美しく雄大な裾広がりの山の姿、毎日変化に富む空模様を眺めるのにとてもいい場所で、お客様にも職員にもこの場所が好きな人は多いだろう。

 さて、まだまだ鬱陶しい梅雨の天気が続いているが、梅雨の中休みか、真夏の太陽が照りつけるような日もある。今日もそんな日だ。青空のもと、山頂にわずかに白い雪が残る夏の岩手山を背景に、優雅に立っている舟越さんの彫刻作品に目をやる。美術館の正面玄関の向かい側に舟越保武さんのブロンズ彫刻《道東の四季-春-》が設置されている。県立美術館が開館を秋に控えた2001年の6月のはじめ頃、盛岡市松園にある県立博物館から県立美術館へこの作品を移設した日は、こんな梅雨の合間の晴れた日だった。

 博物館の近代美術部門展示室の向かいの屋外展示スペースに《春》はあった。事前に作品・台座の取り外しを行なったが、2日とも雨の中での作業となった。朝早くに集まったのは、彫刻専門の取り扱い業者さんと、重機の業者さん。そこに我々学芸員も立ち会う。博物館のレンガのアプローチを傷つけないよう鉄板を敷いて、しっかり養生をしてから大型クレーン機を入れて待機。

 雨の中、滑らないように、細心の注意を払っての作業を進める。石の台座との作品のジョイントを取り外し、作品を毛布で巻いて養生し、クレーンで吊り上げて、庭の外で待機しているトラックに載せる。同様に石の台座も取り外す。御影石の台座の重さは2tほど。こちらも石が欠けないように養生をして、大きなクレーンで吊り上げて慎重に移動する。

昭和55年の博物館の開館以来、博物館のシンボルとして中庭に立っていたマイヨール作《三人の妖精》もこの日に撤去され、美術館に搬入された。
その翌日、舟越作品の美術館への設置が行なわれた。前日の雨が嘘のように晴れ上がった。青空にクレーンで吊り上げられた、布にくるまれた一体のブロンズの像。頭から胴体まですっぽりと布で覆われて、腰のあたりでちょうど帯のようにクレーンからの吊り紐を結わえられている姿は、まるで雫石あねっこのようだった。(笑)
それが台座に据えつけられ、養生布が取り払われると、一瞬にして再び作品としての魂が宿るというか、オーラを放つように思われた。仏像の展示の際の魂入れというのも、このような感じがするのだろうか。
私はその作業の始終をカメラに収めながら興奮気味に見ていたためか、その日の強い日差しで首周りや腕が日焼けして赤くなっていたことに、その時は全く気がつかなかった。
こうして梅雨の晴れ間に無事に設置された《道東の四季-春-》であるが、作者の舟越保武さんは残念ながらこの美術館を実際にご覧になることなく、2002年2月に天に召された。
来年はこの美術館も開館10年目を迎える。そして舟越さんの生誕100年および没後10年の年もすぐにやってくる。当館にとっても、舟越さんにとっても大事な年になる。私たちは10周年記念展として、舟越保武さんの展覧会を企画している。常設展でいつも展示しているだけに、企画展としてどんなふうに組み立てたらいいか、担当者としてはいろいろと思いあぐねているところである。
 晴れの日も、雨の日も、雪が降り積もる日も、岩手山を背にして美術館の表玄関に立ち、この10年を見守り続けてくれた舟越さんの彫刻を改めて眺めつつ、舟越さんの作品に恩返しができるような、そんな展覧会にできれば、と思う。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)