岩手県立美術館

vol.40 彫刻と照明

主任専門学芸員 加藤俊明
2013.10

この間、久しぶりに彫刻作品の展示作業に携わった。常設展示の第3期展示が10月12日から始まったのだが、その際に松本竣介・舟越保武展示室の作品も入れ替えを行ったのだ。
収蔵庫にしまわれていた作品を出し、展示室内に並べて全体のレイアウトを決める。絵画を壁にかけ、彫刻を台に乗せたら、次は照明の調節作業だ。

 彫刻作品の展示では、この照明作業にかなりの気を使う。作品全体に均一に光を当てれば良い絵画とは違い、彫刻はわずかな光の変化で作品の見た目が大きく変化する。だから、それぞれの作品の魅力が引き立つように、照明の位置を細かく調整しなければならないのだ。
光を当てれば、光源の反対側に必ず影ができる。この影をうまく処理して、いかに彫刻の立体感を出しつつ美しく見せていくかが思案のしどころだ。

松本・舟越展示室は他の展示室と違い、天井の地明かりがない。照明はスポットライトのみなので、できる影はシャープになりがちだ。展示室全体を明るくすれば影は薄まるが、それでは彫刻作品の持ち味である立体感が失われてしまう。

 舟越保武の彫刻作品は、一見どれも同じ外見に思える。大理石の女性胸像などはその典型だろう。しかし同じ位置から照明を当ててみると、光と影のアクセントによって一体一体の微妙なしぐさや表情の違いが浮き出てくる。溌剌とした若さを目に宿している彫刻もあれば、神経質そうに眉間にかすかな皺を寄せている作品もある。視線を落として深い物思いに沈んでいる女性もいる。

舟越保武が中世ヨーロッパのゴシック彫刻に感銘を受けていたことはよく知られている。中世ヨーロッパで建造された教会には、当時の職人たちの手によって、扉や柱に無数の彫刻が刻まれているが、それについてこんな話を聞いたことがある。
ある研究者がとある教会を訪れ、中庭の柱上にある悪魔の像を撮影しようとした。明るい状態で写真に収めるため、彼は太陽が動いて像に陽が当たる時刻を待ち続けたが、遂に日暮れまで像は日陰に隠れたままだった。中世の職人たちは、中庭で陽がまったく差さない場所をわざわざ選んで、そこに相応しい存在として天の光から隠れる悪魔の像を刻んだのだ。    作品を鑑賞するうえで、光と影が重要なエッセンスとなる。それは中世でも現在でも変わらない事実ということらしい。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)