岩手県立美術館

vol.32 被災作品の展示

主任専門学芸員 根本亮子
2013.02

展示風景

  2月2日から始まった常設展第4期の特集展示では、東日本大震災で大きな被害を受けた陸前高田市立博物館の文化財レスキュー(救出)活動をとりあげ、同館から救出された美術作品の一部を紹介しています。

 陸前高田市博の美術作品のレスキューは、文化庁の「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)」の一環として行われました。絵画や書を中心とする150点以上の作品が、被災現場から盛岡市内に移送されたのは、2011年7月半ばのこと。つづく8月から9月にかけては、土砂汚れやカビの除去などの応急的な処置が施され、全作品の応急処置が終わった9月末に、当館に搬入・保管されました。この一連の活動には、全国から大勢の美術館学芸員や修復家が参加し、当館スタッフもほぼ全員、何らかのお手伝いをさせていただきました。

私は当時、このレスキューの統括をしていた全国美術館会議(国内の美術館約360館が加盟する連絡組織)や東京文化財研究所(文化財レスキュー事業の事務局)との連絡窓口を務め、当館の中では最もレスキューに係わっていたことから、今回の特集展示の担当となり、昨年から準備を進めてきました。ただ、この時期に被災作品の展示を行うことには、さまざまな迷いや不安がありました。
一番の懸念は、作品の状態が完全ではないことでした。レスキューで行われた応急処置とは、作品の状態をこれ以上悪化させないための必要最低限の処置であり、本格的な修復はまだ始まっていないのです。未だ被災の爪痕を残し、弱っている作品を展示してよいものか。保存の観点から言えば、やはり修復の完了を待って公開すべきでしょう。また、作家やご家族がそのような状態の作品をご覧になり、公にされることを悲しまれるのではないかとも思われました。
それでもやはり、なるべく早く展示をしようと決めたのは、陸前高田市博の美術品レスキューのことが、一部の関係者を除いて、ほとんど知られていなかったからです。作品が被災現場に残されていた時や応急処置が行われていた間は、十分なセキュリティの確保が難しく、多数の美術品が救出されてここにありますと大々的に報じることはできませんでした。レスキュー終了後まもなく、全国美術館会議のホームページに詳しい報告が掲載されましたが、一般の方々の目に触れる機会は少なかったのではないでしょうか。実際、今回の展示に先立って作家やご家族に連絡をとったところ、多くの皆さんがそこで初めて救出の事実を知って驚かれていました。
また、陸前高田に美術作品のコレクションがあったこと自体、恐らく地元の方々以外には、あまり知られていなかったのではと思います。私を含め、当館スタッフも皆、震災後に初めてコレクションの存在を聞かされたのが実情です(これは、岩手の美術館の学芸員としては大変恥ずべきことですが…)。震災からの復興を妨げる要因として「記憶の風化」がたびたび問題になりますが、風化以前にそもそも知られていなければ、せっかく懸命なレスキューによって作品が一命を取りとめても、そこから先の復興はさらに遠のくばかりです。まずは多くの方にレスキュー活動と作品について知っていただくこと、それが最も重要ではないかと考えました。
幸いなことに、作家やご家族は、作品が救出されたことを何より喜び、展示や印刷物への掲載を快く了承してくださいました。また、陸前高田市博の方々も私達の提案を受け入れ、膨大な復興業務でお忙しいなか、さまざまな相談にのってくださいました。反省や課題は山ほどあり、展示作品の状態も毎日心配ではありますが、温かい言葉をかけてくださった作家さんやご家族皆さんのこと、コレクションや作品について詳しく説明してくださった陸前高田の皆さんのこと、そして、作品を救うため猛暑のなか黙々と作業をされていた大勢の学芸員さんや修復家の皆さんのことを思い出すと、この特集展示を実現できてよかったと改めて思います。
陸前高田市博の美術作品は、現地での受入れ体制が整うまで、当館で保管をさせていただく予定です。本格修復については、他館の修復専門スタッフと陸前高田市が中心となって進めることになっています。私たちとしては、できる限り修復のお手伝いをするとともに、今回展示できなかったものも含め、修復が完了した作品を折りに触れて紹介していくことで、今後の復興の一助となれればと願っています。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)